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不思議な屋敷と不思議な住人

看板娘のQVとアトラそして今回はなんと帽子猫さんのサイトの銀歌とのコラボレーションショートストーリーがスタート!
ごゆるりとお楽しみください!

えー、ところでQVとアートゥラって何者?とか思われる方がひょっとしたらいらっしゃるかもしれませんが、
そんな方はこちらをご覧下さい。
看板娘成長録の設定に飛びます。


「不思議な屋敷と不思議な住人」
【第1章 侵入者発見……?】
【第2章 蜘蛛の執事】
【第3章 屋敷の主】
【第4章 主人と執事】
【終章 賑やかなお茶会】

「不思議な屋敷のお呼出」
【第1話 召喚、拒否権無し】
【第2話 捕獲準備開始】
【第3話 泥棒の正体】
【第4話 不可思議な少年】
【第5話 クラスチェンジ!】

不思議な住人のお買い物
【猫を拾いました】
【従者を探せ】
【今後の予定】
【緊急退避!】
【背水の陣】New
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不思議な住人のお買い物 【第4章 背水の陣】


 商店街から離れた路地。周囲は雑居ビル街だった。休日のため人の気配は無く、静かな場所である。近くに小さな自動販売機とベンチが見える。
 銀歌は路地の隅に立ち、両手で印を組んでいた。
「参ったな……。妖力が上手く錬れない……」
 狐耳と尻尾を出したまま、呻く。早めに人間に化けないといけないのだが、妖力を練ろうとしても、集める側から散ってしまう。術が全く組み上げられない。
「なかなか楽しそうな事に……いえいえ、なかなか困っているようね、風歌」
「!」
 いきなり掛けられた声に、銀歌は勢いよく退く。
 十歳くらいの女の子が立ってた。長いプラチナブロンドの髪とグレイブルーの瞳、静かに閉じられた口元。青い半袖のデニムジャケットに、黒いホットパンツ、白いオーバーニーソックスに茶色の靴という恰好である。
 ヴァルカリッチ=ヴェイアス=ヴィー=ヴォルガランス。
 何故か両肩と頭に猫を乗せている。先ほどの白黒猫に三毛猫、そして虎猫。
 いくつか思考を空回りさせてから、銀歌はジト眼でヴィーを睨んだ。
「今、楽しそうって言わなかったか?」
「気のせいよ、気のせい」
 ぱたぱたと手を振りながら、ヴィーが否定してくる。表情は変わらず、グレイブルーの瞳からも思考は読み取れない。だが、誤魔化せてはいない。
 あえて追求はせず、銀歌は次の質問を口にした。
「どうしてあたしがここにいる事が分かったんだ?」
 雑居ビルに囲まれた静かな路地。銀歌自身行く当てがあったわけではなく、適当に逃げていただけだ。簡単に追い付けるようなものではない。
 ヴィーはこともなげに答える。
「さっき吹きかけた瘴気の残滓を追ってきたのよ。普通は分からないでしょうけど、私には分かるわ。瘴気は私そのものだし」
「ほとんど術作れないんだが、どういうことだ?」
 銀歌は人差し指を持ち上げた。その先から音もなく燃え上がる、青白い火。狐族ならば子供でも使える狐火である。だが、銀歌の作った狐火はロウソク程度の大きさで、不安定に揺らいでいた。この状態を維持するのでも、意識が削られる。
「んー」
 狐火を眺めてから、ヴィーは数秒空を見上げた。青く晴れた空。雲はいくつか絹雲が浮かんでいるだけ。一度頷いてから、銀歌に目を戻す。
「あなたが吸い込んだ瘴気が、妖力の構成を邪魔しているんじゃないかしら? わかりやすく言えばアレルギーみたいなものよ。くしゃみしてたし。多分吸い込んだ瘴気を全部吐き出せば、術も使えるようになるんじゃない?」
「お前があたしから瘴気を取り出すって事はできないのか?」
 眉を寄せ、銀歌は訊いてみる。
「できるでしょうけど、無理ね」
 両手を腰に当て、ヴィーは胸を張って宣言した。何故か自信たっぷりの態度。両肩と頭に乗った猫たちは、器用にバランスを取っている。
「なんだそれ、どっちだよ……」
「瘴気のコントロールは可能だけど、あなたが吸い込んでしまったところまでは手が届かないわ。どうしてもというなら、あなたを傷つけないで瘴気をだけを取り除く魔法式を解析、構築するとこから始めないといけないし」
 ヴィーの言葉を聞きながら、銀歌は片目を閉じる。
 それは想定内の答えだった。銀歌の身体から、無傷で瘴気だけを取り除く。それは、難易度の高い作業になるだろう。魔法式を作るところから始めていては、瘴気を取り除けるのはいつになるか分からない。
「ぶっちゃけめんどくさいわ」
「無責任だな、オイ」
 狐耳と尻尾を垂らし、銀歌は吐息した。体内に瘴気が残っている限り、術が組めない。妖力の制御力もかなり低下する。それは大問題だ。
「だって放っておいても治るもの、多分」
 肩の力を抜き、ヴィーは両腕を広げる。
 狐耳を指で弾き、銀歌は顔をしかめた。
「あまり当てにならないみたいだな」
 渋々、最後の手段を口にする。
「……白鋼に頭下げるか」
「白鋼?」
 肩に掴まっている猫を指でじゃらしながら、ヴィーが訊いてくる。ヴィーにとっては始めて聞く名前のようだった。猫が心地よさそうに喉を鳴らしている。
 銀歌は大袈裟にため息をついた。
「あたしの師匠みたいなヤツだよ。変人だけど、実力は本物だ。あいつに頼めばこの瘴気も取り除けるだろ……あんま頼みたくはないけど」
「だから放っておいても治ると言ってるのに」
 頭に乗せていた虎猫を胸に抱きながら、口を尖らせる。
「多分なんだろ?」
 半眼で確認する。
 ヴィーは横を向いて、小声で呟いた。
「そもそもそんな症状とか初めて見るのよね」
 返す言葉もなく、銀歌は額を押える。
 自分の身体に何が起っているか分からない。ヴィーの言う通り、一種のアレルギー反応なのだろう。妖力の制御が乱れる以外で、問題は起っていない。
「ところで、風歌」
 ヴィーが人差し指を持ち上げた。
 嫌な予感を覚えつつ、銀歌はそちらに向き直る。
「……!」
「ふぅちゃん発見!」
「見つけましたよー。風歌さんー!」
 路地を塞ぐように仁王立ちする莉央。反対側では美咲が道を塞いでいる。前後で逃げ場は無いようだった。さらに上に目を向けると、ビルの屋上からアートゥラが見下ろしている。逃がす気は毛頭無いらしい。
「そもそも何でここまで来てるんだよ! 何でここにいるって分かるんだよ」
 理不尽なものを覚えつつ、銀歌は叫んだ。
 逃げる時は痕跡になるものを残していない。少なくとも銀歌が今ここにいると分かる情報は無いはずだった。しかし、莉央たちはこうしてやってきている。
 美咲が目を見開き、拳を握り締めた。
「無論、勘と気合い!」
「そして愛!」
 両腕を左右に広げ、莉央が言い切る。理屈では無いらしい。
 アートゥラが右手で眼鏡を持ち上げた。
「知っていますか? ある種類の雄の蛾は、空気中に漂う僅か数個程度のフェロモン分子でさえ感知し、それを辿って雌の元へ向かうと言います。すなわち、風歌さんを追い掛けるなど、実に簡単なこと――!」
「蜘蛛にもフェロモンってわかるのかしら?」
 ヴィーが首を傾げている。
 ヴィーと同じように銀歌に付いた瘴気の匂いを無意識に追ってきたのかもしれない。本気で匂いを追ってきたのかもしれないが、それは考えないでおく。ともあれ、目の前にいるのは事実。術が使えるなら何とかなるだろうが、今の状況は分が悪すぎる。
 銀歌が逃走方法に頭を巡らせていると。
 両脇から差し込まれた腕が、銀歌の腕を捕まえる。羽交い締めのような体勢だった。いつの間にか後ろに回り込んでいたヴィー。
「何すんだ!」
 肩越しに睨みながら、銀歌は腕を振る。だが、振り解こうとしても、上手く外れない。しっかり捕まえられているわけではないのに、上手く身体が動かせなかった。
「ナイス、ヴィーちゃん!」
 莉央がパンと手を叩く。
 後ろからヴィーの気楽な声が聞こえてくる。
「折角だし、私も混ぜてもらおうかと思って。特にその尻尾。整った毛並みといい、柔らかな膨らみといい、艶やかな毛色といい、とても気持ちよさそう。アートゥラたちが我を忘れて魅入られる気持ちも、とってもよくわかるわ」
「さすがヴィー様! よくわかってらっしゃる!」
 アートゥラが跳んだ。三階建てビルの屋上から、術も使わず躊躇無く飛び降りる。元々身軽なのだろう。軽い音を立て、アスファルトに着地した。
「離せ! てか……何した、力が入らない――!」
 微かに震える足を見ながら呻く。背筋を駆け上がる悪寒。ヴィーは銀歌を捕まえると同時に何かしたようだった。手足から力が抜けていく。
「私はアンデッドよ? パラライズくらい使えて当たり前ね。術が使える状況だったら何とかなったかもしれないけど。あなたをモフってみたいと思う気持ちは、私も一緒」
「くそ……!」
 駆け寄ってくる莉央と美咲を見ながら、銀歌は顔を引きつらせた。術が使えたらどうにかできたかもしれない。しかし、ヴィーに捕まり、まともに動けない状況。逃げることもできない。絶体絶命の危機。
「さてここで問題よ。この脱出不能の状況で、どうやって三人を退けるかしら?
 三択――ひとつだけ選びなさい。
 答え①可愛い風歌は突如反撃のアイデアが閃く。
 答え②仲間がきて助けてくれる。
 答え③モフられる。現実は非情である」
 背後から聞こえる、暢気な言葉。
 既に、美咲と莉央、アートゥラがすぐ目の前まで迫っていた。目をきらきらと輝かせながら、突き抜けた笑顔を浮かべて。
「答え③」
「のあああああああああ!」



 数分か、数十分か、数時間か。
 それほど時間は経っていないが、とにかく長く感じた。
「うう……」
 無遠慮に狐耳と尻尾を弄り回され、銀歌は近くのベンチに突っ伏していた。意識が飛ぶかと思うほどもみくしゃにされて、途中から記憶が飛んでいる。全身が痺れ、力が全く入らず、動けない。立つこともできないようだった。
 傍らに立った莉央が、頭を撫でてくる。
「大丈夫、ふうちゃん? 芯が抜けちゃったみたいだけど」
「大丈夫と心配するなら……最初からやるな……。腰が抜けて動けない……」
 目元に涙を浮かべながら、銀歌は莉央を睨み付けた。ひとしきり尻尾と狐耳を触って満足したようで、今は大人しくなっている。
 美咲が不思議そうに尻尾を指でつついていた。
「その尻尾に狐耳、まるで本物みたいだな。ちゃんと動くし、繋がってるし。どういう仕組みだ? 最新のコスプレ?」
「みたい、じゃなくて本物だよ……」
 ヤケ気味に告げる。銀歌は半妖狐の身体であり、狐耳も尻尾も紛れもなく本物だ。神経も繋がっているため、感覚もあるし、ちゃんと動く。
「?」
 しかし、美咲と莉央は不思議そうに首を傾げていた。
 頬を緩めて、紫色の瞳を輝かせながら、アートゥラが両手の指を組んでいる。
「ああ、風歌さんの尻尾、モフモフ感が実に素晴らしかったですー。毛並みといい柔らかさといい、癖になりますねー。わたしの目に狂いはありませんでした」
 六本の腕で自分の身体を抱きしめ、余韻に浸るようにくねくねと身体を捩っていた。
 ヴィーが近付いてくる。満足げな顔で緩く腕を組みながら、
「実によかったわ。機会があったらもう一度モフらせてもらえないかしら?」
「絶対に嫌だ!」
 牙を剥いて威嚇しながら、銀歌は唸った。

不思議な住人のお買い物 【第4章 緊急退避!】

 ヴィーが左手に持った鯛焼きの箱。
「ごちそうさま。甘くて美味しかったわ」
 鯛焼きが十個入っていた紙箱だが、中身はきれいに無くなっていた。最後の尻尾を呑み込んでから、ヴィーは満足げに頷いている。
「さらに濃いグリーンティーとかあったらパーフェクトね」
 空は高く、青い。白い羊雲が風に吹かれてゆっくりと流れていた。人通りの多い歩行者道路。煉瓦敷きの道の左右には、色々な店が並んでいる。銀歌を含めて五人は、行く当てもなく足を進めていた。
 ヴィーの足元には変わらずに猫が二匹。
 美咲が腕組みをしている。
「私でも鯛焼きを一度に食べるのは五個が限度だというのに」
「ヴィーちゃん、そんなに食べて大丈夫? お腹壊したりしない?」
 ヴィーの平らなお腹を眺めながら、莉央が心配している。
 有言実行と言うべきか、ヴィーは宣言した通り鯛焼き十個を完食していた。途中で食べる速度が遅くなることもなく、全部食べている。
 ぱたぱたと紙箱を折り畳み、グレイブルーの瞳を空に向けた。
「平気よ。ま、アレね。私ザル……というか底なしだし」
「違うんじゃないか、それは?」
 額を押え、銀歌は呻いた。
 ヴィーの折り畳んだ箱をどこへとなく片付け、アートゥラが楽しそうに笑う。
「こう見えてもヴィー様は大食いですからね」
「せめて健啖家と言って?」
 口を曲げて、ヴィーが反論している。大食いと言われるのは気が進まないらしい。表現が直接的なためだろうか。健啖家もあまり変わらないと、銀歌は考えるが。
 右手の指を折りながら、アートゥラは気にせず続けた。
「バケツプリンとか、タライ羊羹とか、果糖とバケツ水とか、ボウルかき氷とか、トレイで生チョコとか、すり鉢うどんとか、牛丼超特盛りギョクとか。とにかく何でも好き嫌いなく沢山食べますから、作り甲斐ありますよー」
「三番目はないと思うわ」
 はしゃぐアートゥラに、ヴィーは右手を持ち上げ釘を刺す。
「それ、どれも一人で食べるものじゃないと思うよ……。ヴィーちゃんはまだ小さいんだから、暴飲暴食とかはしちゃ駄目だよ」
 ヴィーの肩に手を置き、消極的に莉央が諫めていた。
 人間がヴィーと同じような食事をすれば、身体に悪い。しかし人間でなければ、それが適正量という事もありうる。銀歌の身近にもそういうイレギュラーが一人いる。
「心配してくれてありがと。健康には人一倍注意してるから、大丈夫よ」
 安心させるように、ヴィーが莉央に声を掛ける。
 ふと、漂ってくるラーメンの匂い。ヴィーはラーメン屋の看板を眺めながら、
「いつか満漢全席とか食べてみたいわね……」
「うー」
 莉央が肩を落としている。
「外国人って日本人とは胃の構造が違うんだな」
 目蓋を下ろし、美咲が首を傾げていた。
 銀歌はさりげなくヴィーの隣に移動する。足元を歩いていた猫が、銀歌の反対側に移動していた。猫の割に気が利くようである。
 他の三人に――正確には美咲と莉央に気付かれないよう、小声で問いかけた。
「具体的にどうなってるんだ、お前の身体の中は? アンデッドって本来なら食事はしないらしいけど。胃袋無いし、あっても機能はしてないだろうし」
 死んでいるけど生きている者たち。仕組みは色々あるが、いわゆるアンデッドと呼ばれるものは、食事を必要としない。
 ヴィーは自分のお腹を撫でながら、
「私に胃袋というか内蔵自体皆無ね。食べたものは、体内の瘴気で全部分解されて、身体の一部になってしまうわ。だから、どんなものでもいくらでも食べられるの」
「食べる意味あるのか……?」
 肩を落とす銀歌に、ヴィーは額の上辺りを眺めてから、
「魔力で作り出した擬似感覚で味覚を楽しんでいるのよ」
「………。大変なんだな、お前も」
 ヴィーから目を離し、銀歌は小声で呻いた。極めて特殊な生きた死者。術の知識を持っている身であるため、ヴィーが相当な苦労をしてきたことが理解できてしまう。
「そうでもないわよ。意外と便利よ、コレ」
 ふっ。
 と小さく息を吐き出してみせる。
 その吐息に、銀歌は眉を寄せた。鼻の奥へと抜ける、微かな刺激がある。瘴気。そう呼ばれるものは世の中に多々あるが、独特の危険なものが感じられた。
「便利って――」
 頷きかけたところで、鼻の奥が引きつる。
「へくしゅ!」
 銀歌はくしゃみをした。全身を跳ねさせ、肺の空気を吐き出す。ヴィーの吐き出した微量の瘴気が、胡椒のように鼻腔を刺激していた。
「はくしゅン! ――くしゃん!」
 何度かくしゃみを繰り返してから。
 銀歌は鼻を撫でた。目元に少し涙が滲んでいる。鼻から喉に抜けるような痛み。連続でくしゃみをするのは、あまり気持ちのいいものではない。
 ふと足を止めた。
「………」
 身体に突き刺さる視線に目を移す。美咲と莉央が両目を見開いて立ち止まっていた。信じられないものでも見つけたかのような表情で。
「あら」
 逆方向に目を移すと、ヴィーがきょとんと瞬きをしている。
 アートゥラが両手の指を組み、紫色の目を輝かせていた。
「何だ?」
 訳が分からず、銀歌は他の四人を見つめる。辺りに漂う何とも言えない間。銀歌だけが一歩踏み外してしまったような違和感が漂っていた。
 空は青く雲は白く、道路では変わらず人が行き交っている。
 静寂を破ったのは、莉央だった。
「どうしたの、ふうちゃん。そのコスプレ」
 人差し指を銀歌に向け、気の抜けた声を出す。
「コス……プ?」
 両手を頭に触れさせると、三角形の狐耳があった。後ろを振り向くと、腰の後ろから尻尾が出ている。術で焦げ茶に誤魔化した髪の毛も、赤味を帯びた黄色に戻っていた。本来の妖狐に近い姿へと。
 変化の術が解けている。
「何でだよ!」
 理由は考える間でもなかった。両手で掴み掛かるが、ヴィーはふらりと後退して銀歌の手を躱した。両腕を広げながら小首を傾げる。
「私の瘴気に触れたせいかしら。そういう事もあるかもないかも?」
「無責任すぎるぞ、それ!」
 地面に足を叩き付け、泣きたい気分で叫ぶ。
 ヴィーの瘴気に触れたせいなのはは間違いない。問題は場所だった。人通りの多い街中。しかも友達の目の前で、変化の術が解かれた。美咲たちには、いきなり銀歌が変身したように見えただろう。まさにコスプレである。
 ヴィーの後ろに避難する猫二匹。
「そんな事言われても、私に責任なんてあるわけ無いじゃない。不幸な事故……いえ、こっちにはある意味幸福な事故かしら?」
 どこか楽しそうに言いながら、銀歌の背後に指を向ける。
「風歌ぁ――?」
 掛けられた声に、銀歌は振り向いた。
 美咲がじっと見ている。その瞳には殺気のような黒い炎が燃え盛っていた。口元を笑みの形にしながら、わきわきと両手の指を蠢かせている。
「そんな恰好している理由はどうでもいいが、とりあえず思い切りモフらせてもらうぞ。狐耳と尻尾の質感が素晴らしい。実に素晴らしい」
「うふふふ――ふうちゃん、鼻血が出るほど可愛いよ。このままお家にお持ち帰りして、気が済むまで愛でていたいなー」
 両手を組み、目に星を輝かせている莉央。その身体から放たれる黒とピンクのオーラが見えたような気がした。思わず尻尾を縮込ませるほどに。
 無言のまま、銀歌は半歩足を引く。
 どちらも目付きが危ない。今にも襲いかかってきそうな殺気を纏っていた。殺気と呼べるかは自身が無いものの、他の表現のしようがない。以前この姿を見せた時はすぐさま飛び掛かってきている。
 呼吸を合わせるように、数を数えながら。
「っァッ!」
 思考よりも早く、銀歌は横に跳んでいた。
 たった数瞬前にいた場所を、六本の腕が抱きしめる。アートゥラだった。気配を消して、死角から抱き付こうとしたようだった。
「あらー。もうちょっとでハグできましたのに。風歌さん、素早いですねー」
 残念そうに自分の手を見ながら、アートゥラ。
 右手を持ち上げ、背後の美咲と莉央を牽制しつつ、銀歌はアートゥラを睨む。
「何でお前までそっち側にいるんだよ」
「それは愚問というものです」
 眼鏡を動かし、背筋を伸ばすアートゥラ。
 ザッ。
 美咲、莉央、アートゥラの三人が同時に動いた。両足を肩幅に広げ、胸を張り、腕を組む。口元に不敵な微笑を浮かべ、目を輝かせた。一陣の風が吹き抜ける。
『かわいいは正義!』
 同時に言い切った。
 意味が分からず、銀歌はヴィーを見る。助けを求めるように。
 しかし、ヴィーは他人事のようにペットボトルのお茶を飲んでいた。
「頑張れ」
「味方は無しか――」
 三方向からにじり寄ってくる捕食者。
 意識を削るような威圧に、銀歌は歯を噛み締めた。どうすればこの状況を脱することができるのか。生身の人間がいる以上、術を用いての強行突破は避けたい。
 しかし、このままではかなり悲惨な結果が待っているだろう。
 銀歌は勢いよくヴィーを指差した。
「あ! 猫三号!」
「え?」
 三人が同時にヴィーの足元を見る。
 そこに居たのは白黒猫と三毛猫の二匹だった。三毛猫が後足で首元を掻いている。新たな猫は現れていない。
 銀歌は煉瓦敷きを蹴り、その場から逃げ出した。


「人気者は辛いわね」
 逃げて行った銀歌の背を眺め、嬉しそうに呟く。
 ヴィーは足音もなく歩き出した。

不思議な住人のお買い物 【第3章 今後の予定】

 アートゥラが両腕を広げる。
「ヴィー様も見つかったところですし、これからどうしましょうか?」
 銀歌、美咲、莉央を順番に眺めた。
 行方不明になっていたヴィーの従者を探す。それは無事に終わった。そうなれば、銀歌たちとヴィーが一緒にいる理由は無い。
「ん?」
 ふと、銀歌は視線を移した。一匹の三毛猫が歩いてくる。首に茶色い首輪を巻いた三毛猫だった。尻尾を立てて、足音もなく移動している。
 莉央が右手を持ち上げ、ヴィーに尋ねた。
「ヴィーちゃんたちって行き先決めてる? 買い物とか言ってたけど」
「いえ、特に決めてないわね。買い物するとは決めていたけど、何を買うかまでは考えていなかったし。暇潰しみたいなものだし」
 顎に右手を添え、ヴィーがグレイブルーの目を横に泳がせる。小さく息を吐いた。外見年齢に似合わぬ落ち着いた仕草である。
 三毛猫がヴィーの足元にいる白黒猫の横に並んだ。
「なら私たちと一緒に遊びに行かないか? 旅は道連れ世は情けとも言うし、人数が多い方が何かと面白いと思うぞ」
 右手で自分たちを示し、美咲が笑う。
 銀歌たちは通行の邪魔にならないよう、道路の端の方に立っていた。後ろからは、賑やかなざわめきが聞こえてくる。煉瓦敷きの地面を歩く足音や、他愛もない雑談など。
 アートゥラが紫色の瞳をきらきらさせながら、ヴィーの後ろ姿を眺めている。
 それに気付いたわけではないだろうが、ヴィーが頷いた。
「そうね。お言葉に甘えさせてもらうわ」
「にゃー」
「なー」
 それに同意するような鳴き声がふたつ。白黒の猫と三毛猫。
「あら、いつの間に」
 ヴィーが足元の猫を見る。近付いてきた三毛猫には気付いていなかったようである。
 銀歌はヴィーと足元の猫を交互に眺め、小さく眉を寄せた。
「ヴィーって猫に好かれやすいのか? さっきからずっと付き従ってるけど。まさか魚とかの匂いがするわけじゃないだろうし」
「猫だけじゃなくて犬にも好かれるわね。人徳かしら?」
 首を傾げ、ヴィーは冗談のような事を口にする。猫や犬に好かれるのは本当だろう。時々そういう素質のようなものを持つ者はいる。人徳かどうかは、分からないが。
「猫って可愛いですよねー」
 アートゥラが腰を屈めて猫を撫でていた。六本の腕を駆使して。頭を撫でたり、耳の裏を指で掻いたり、顎や首筋を指でくすぐったり。猫の扱いは慣れているようだった。
「親が猫アレルギーじゃなかったら、私も飼ってたんだけど」
 美咲と莉央もその隣に屈んで白黒の猫を撫でている。
 元々飼い猫で、人懐っこい気質なのだろう。撫でられたりするのも慣れているらしい。三人に撫でられながら、嫌そうな素振りもみせない。
 三毛猫をじゃらしながら、アートゥラが視線を持ち上げる。
「猫も可愛いですけど、狐も可愛いですよねー。ツンとしている耳とか、触り心地良さそうな毛並みとか、もふもふの尻尾とかー」
「………」
 向けられた輝く視線に、銀歌は思わず一歩後退った。猫や美咲たちは気付いていない。獲物を前にした蜘蛛のような、気配の無い気迫。
 横を見ると、ヴィーが立っていた。素っ気なく言ってくる。
「あなた、アトラに気に入られてるようね。おめでとう」
「おめでとうって、おめでたいか……? いや、本気で言ってるよな。ソレ」
 ヴィーの顔を見つめ、銀歌は瞬きをした。皮肉か冗談のように聞こえるが、ヴィーは言葉通りの意味で言っている。
 ゆったりと横に二歩足を進め、ヴィーは緩く腕を組んだ。
「思い切り抱きしめたり撫でたりもみくしゃにしたり。ちょっと乱暴だけど、それは愛情の表れよ。あなたは実際に可愛いのだし。そう引く事もないと思うわ」
 至極真面目にそう説明する。その言葉には妙な重みがあった。常日頃からアートゥラに愛情表現としてもみくしゃにされているのだろう。
「納得できるようで、全然納得できないような気がする」
 額に手を当て、銀歌は目蓋を下ろす。
 ヴィーは無言で首を振った。
 視線を戻すと、アートゥラは猫に意識を戻していた。
 ゆっくりと揺れる尻尾を見つめ、莉央が呟く。アートゥラの台詞への応えだろう。
「狐いいですよねー。尻尾ももふもふで。滅多に見られないけど」
「一度でいいから、あの尻尾を思う存分もふってみたい。きっと気持ちいいんだろうな。引っ掻かれそうだけど」
 と、苦笑する美咲。
 無意識だろうか、二人も銀歌に目を向けていた。
 ヴィーが小さな声で言ってくる。
「さっき人間の振りをしているって言ってたけど。あたなが狐であることは、薄々勘付かれているようね。大丈夫かしら?」
「前に一度、訳あって狐だってバレた事があるけど、今は忘れているはず」
 頬を引きつらせつつ、銀歌は声を絞り出した。
 以前、色々あって銀歌が妖狐であると二人にバラした事がある。その時は有無を言わさず耳や尻尾を弄られまくった。腰が抜けて動けなくなるくらいに。
 アートゥラたちは飽きずに猫を撫でている。
 このままだと話が進まないと判断したのだろう。
「まずはおやつが食べたいわ」
 高らかに宣言してから、ヴィーが勢いよく右手を伸ばす。
 その人差し指が示しているのは、通りの向かいにある鯛焼き屋だった。赤い大きな看板が目に入る。正面ガラス張りで、鯛焼きを作っている様子が外からでも分かる。
「鯛焼き?」
「鯛焼きですかー。軽食としては丁度いいですねー」
 猫を撫でるのを一時中断し、美咲たちは鯛焼き屋に目を移した。
 五人で道路を横切ってから、鯛焼き屋の前で立ち止まる。まずは、品書きを見て各自何を頼むか決めなければいけない。
 二匹の猫がヴィーの足元に歩いていく。
「何でもあるな」
 売っているものは小倉餡や白餡などから、ジャーマンポテトなどまで幅広い。お茶やラムネなどの飲み物も売っている。思わず感心するほどの品揃えだった。
「みなさん、何を食べますかー? 注文はわたしに任せて下さい」
 楽しそうに笑いながら、アートゥラが挙手をする。大勢で注文を頼む場合は、誰かが全員分を覚えて、まとめて注文する。その方が、手間が掛からないものだ。加えて、アートゥラは単純に注文をしてみたいようである。
 品書きを一瞥してから、銀歌は答えた。
「あたしは抹茶餡」
「私はジャーマンポテトを頼む」
「わたしはカスタード」
 続けて、美咲と莉央が続ける。
 アートゥラは一対の腕を組み、別の右腕で眼鏡を動かした。
「わたしは、そうですね。チョコレートにしましょう」
「私は――」
 最後に、ヴィーが口を開いた。
「小倉餡子。箱で」
「え?」
 銀歌、美咲、莉央の三人がヴィーを見る。
 小倉餡の鯛焼き、十個。普通一人で食べきれる量ではない。しかし、ヴィーは普通に食べる気のようだった。いきなり見つめられた事にきょとんとしている。
「すみませーん、おじさん。えっと、抹茶餡にジャーポテ、カスタードにチョコレート。あと、小倉あん十個お願いしますねー」
「あいよー」
 楽しげに注文するアートゥラに、店員が頷いていた。

不思議な住人のお買い物 【第2章 従者を探せ】

 商店街を四人で歩いていく。
 よく分からない展開に、銀歌はこっそりとため息をついていた。莉央が拾ってきた、アンデッドの少女。普通の人間である美咲や莉央は、あまり人外の世界に近づけたくはないのが本音である。
 莉央がヴィーに声を掛けた。
「で、ヴィーちゃんの従者ってどんな人なの?」
「そうね……」
 右手の人差し指を顎に当て、ヴィーが視線を上げる。その足元では、付き添うように猫が歩いていた。ぴんと尻尾を立てて。懐かれたようである。
「名前はアートゥラ。外見は……そうね……。身長二百十センチの大女……かしら。一目見れば、すぐに分かる姿をしているわ」
 と、グレイブルーの瞳を銀歌たちに向ける。手短な説明だった。
 莉央が首を傾げる。
「身長……210? インチの間違いかな? うーん、インチじゃ逆に大きくなるよね」
「一インチは二センチ半だから。それじゃ五メートル越えるぞ」
 手早く頭の中で計算し、銀歌は莉央に眼を向けた。
 ヴィーの口から出てきた二百十センチという身長。普通に考えると、人間の身長ではない。真っ先に単位の間違いを思いつくくらいに。
 ぽんと手を打ち、美咲が口を開いた。
「二百十バーレインコーン、とか?」
「バーレインコーン?」
 訊いた事の無い単位に、銀歌が聞き返す。莉央も同意見のようだった。
 会話が止まり、周囲の雑踏が耳に入ってくる。他愛の無い話をしている友達や男女、親子もいるようだった。典型的な商店街の風景。店の売り子が元気に声を上げている。
 しかし、答えたのは美咲ではなくヴィーだった。少し得意げに。
「インチの起原のひとつよ。イングランド王が大麦の粒を縦に並べて一インチとした。その大麦ひとつ分の長さをバーレインコーンと呼ぶ。つまり、三分の一インチ。マニアックな事を知ってるわね」
「そう、それ」
 笑顔で頷きながら、美咲がヴィーを指差す。
「昔、単位の解説本で読んだのが、頭に残ってた」
「ヴィーちゃん、小さいのに物知りね」
 莉央がヴィーの頭を撫でている。子供を褒めるように。
「雑学というものは、知らないうちに増えていくものらしいわ」
 何か思う事あるらしく、遠い眼で空を見上げている。莉央に頭を撫でられたまま。なんともいえぬ、不釣り合いな光景を作り出していた。
 銀歌は咳払いをして、強引に話を戻した。
「それで、執事の他に特徴は?」
「そうね……」
 ヴィーが銀歌に向き直る。
 莉央も手を引っ込めた。美咲は緩く腕を組み、ヴィーに眼を向ける。
「肌は浅黒いわね。髪の毛の色は赤いメッシュの混じった黒色、髪型は内巻きのマッシュショートヘア。眼は紫色で赤い眼鏡をかけているわ。スタイルはかなり立派ね。服装は普通の制服かしら。あと、腕が六本」
「……?」
 その場の空気が固まる。
 ごく普通の流れで付け足された、不可解な言葉。
「……六本って?」
 莉央と美咲が顔を見合わせ、両手を持ち上げている。
 腕が六本。普通にそんな人間がいるわけがない。しかし、人間でなければ、腕が六本というのも、身長が二メートル越えているのも、それほど不思議ではない。ようするに、ヴィー同様、人の姿をした人でない者なのだろう。
 疑問符を浮かべる二人に、ヴィーが静かに声をかける。
「世の中には、人智の及ばない不思議な事が色々とあるらしいわ。ね?」
「なんで、あたしに振るんだよ」
 不意に言葉を振られて、銀歌は慌てて言い返した。
 ごくりと唾を飲み込み、冷や汗を流す。銀歌自身、半妖狐という、人間外の者だ。しかし、今はこうして女子大生の振りをしている。ヴィーもそれを分かっているので、軽くからかったのだろう。
 美咲が背筋を伸ばし、額に手をかざした。遠くを眺めるように。
「とりあえず、そんなに目立つ姿してれば、すぐに見つかるんじゃ――」
「あ。いた」
 莉央が人差し指を持ち上げた。
 少し先の通りから、長身の女性が現れる。
 二メートルを越える身長に浅黒い肌。赤いメッシュの混じった黒髪。紫色の眼に赤い眼鏡を掛けている。モデルばりのプロポーション。その身体を包むのは、ぴしっとアイロンの効いた高級そうな背広だった。そして、腕が六本。
「蜘蛛の化生――?」
 銀歌は小声でそう独りごちる。微妙に違うが、大体あっているだろう。魔術を纏って人外な姿を微妙に眩ませているようだった。
 大女はごく自然な足取りで道を横切り。
「ん?」
 何故か銀歌の前まで歩いてきていた。それが当たり前の動きのように。意識の向きと行動の向きをズラすという、意味もなく行われる高度な技術。六本の腕を広げ、幸せそうな笑顔で抱きついてくる。
 タッ!
 煉瓦敷きの地面を叩くように蹴り、銀歌は大きく跳んだ。意識だけをその場に置き去りにするような錯覚とともに、地面を二度蹴って三メートルほど後退する。
「さすが、素早いなー」
 美咲が感心している。銀歌の行った後退だろう。体勢を崩さずに後ろに跳ぶというのはかなり難しい。陸上競技をやってる美咲は、銀歌の身体の柔軟性が分かるようだった。
 さておき。
 何も無い空間を抱きしめ、女が肩を落とす。
「あらー、残念」
「なにさらっと抱きつこうとしてる!」
 緩く戦闘態勢を作りながら、銀歌は叫んだ。
 女は落ち着いた笑みを浮かべたまま、右手を一本を左右に動かしてみせる。
「変な事をおっしゃいますねー。可愛いものを発見したら、とりあえず抱きついたり撫でたりすりすりしたりして愛でるのは、世界の常識ですよー?」
 きらりと紫色の瞳が輝いた。謎の論理を謎の自信を以て言い切っている。冗談などではなく、本気だろう。そんな独自の価値観を持つ者は、時々存在していた。
 返す言葉が浮かばず、銀歌は口を閉じる。目蓋を下ろし、肩を落とす。
 背後から静かな声が聞こえてきた。
「うむ。まさに常識だ」
「義務って言い換えてもいいかもしれないね」
 腕組みしている美咲と、深々と頷いている莉央。
「そっちもおかしいぞ」
 銀歌は力無くそうツッコミを入れた。分かってはいたが、この二人も向こう側の住人である。そこにいる自分自身。正常と異常との境界が曖昧となり、自分がどこに立っているのか分からない。どこか船酔いに似た感覚に、頭を抑える。
 混乱する銀歌を余所に、美咲が声を上げていた。
「ところで、あなたはアートゥラさんですか?」
「はいー」
 と頷いてから、女は不思議そうに首を傾げた。
「確かに、わたくしがラートロデクトゥス・ルビル・アートゥラですが……。あなたは、どちらさまでしょうかー? どこかでお会いしたという記憶はございませんがー?」
「この子が探してました」
 莉央がヴィーの肩を掴み、アートゥラの前へと差し出す。
 一度呆気に取られたように瞬きをしてから、アートゥラがヴィーを凝視した。紫色の瞳を大きく開いて。紫色の眉だと思った部分も眼らしく開いている。
 ヴィーの表情は変わらず。軽く右手を持ち上げた。足元には猫。
「ヴィー様! こんな所にいたんですかー」
 そう叫ぶなり、ヴィーに抱きつくアートゥラ。六本の腕で小さな身体を抱きしめ、頬摺りしたり頭を撫でたりしている。それはさながら蜘蛛の補食を思わせた。
「ようやく見つけました。探しましたよー。何してたんですか?」
「ちょっと誘拐されかけてただけよ」
 あっさりと、ヴィーが答える。こちらも冗談とも本気ともつかぬ口調で。そして、アートゥラにもみくしゃにされながら、意に介していない。微かに眉を動かす程度だった。このような状況に慣れているのかもしれない。
 銀歌は舌で唇を舐めた。
 ヴィーから離れたアートゥラが、唇を少し曲げる。
「誘拐ですか。それは不穏当ですねー」
 ヴィーが乱れた髪の毛や衣服を直していた。
「話によると――」
 話がおかしな方向に行かないうちに、銀歌は口を挟んだ。軽く吐息し、前髪を左手で払う。ヴィーの足元に座っている猫を指差しながら、
「その猫眺めてたら、莉央に猫ごと連れてこられたらしい。誘拐ってのは誤解だ。でも、可愛いからって子供を連れてくるってのは、充分に問題だからな。あとで莉央には言い聞かせておく」
「すみません」
 あまり悪びれる様子もなく、莉央が頭を下げる。
 腕を組みつつ、アートゥラも頷いた。頬を赤くして、満足げな表情で。
「ヴィー様、可愛ですからねー! それなら仕方ありませんねー」
「そういう問題かしら?」
 こっそりとヴィーが呟いた。

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